何気無い言葉(笠黄+海常)


それはふとした瞬間。
些細な一言。

既に恒例になりつつあるレギュラー陣の部活後の自主練。最終下校時刻が近付くと頃合いを見計らって大体笠松が皆に声をかける。
そこから皆でザッと片付けをし、最後に笠松が点検をし体育館の鍵をかける。

先に部室に戻った面々は完備されているシャワーを浴び、着替えをするわけだが…。

「黄瀬は…またか」

目立つ黄色い頭が着いてきていないことに気付いて森山が呆れたような声を出した。それに小堀は苦笑を浮かべて返す。

「いいんじゃない。笠松一人じゃ点検も大変だし」

いつものことですしね、とタオルを取り出しながら頷くのは二年の中村だ。同じ二年の早川もうんうんと力強く頷いていた。

「けどさ、黄瀬ってちょっと笠松になつきすぎじゃね?」

自分のロッカーを開けながら森山は話を続ける。

「アイツの呼ぶセンパイって大抵笠松のことだろ?最近もう黄瀬に先輩って呼ばれても俺、振り返らなくなったんだけど」

「あぁ…でも、入部したての頃よりは今の笠松になついてる黄瀬の方が後輩らしくて俺は良いと思うよ」

小堀も自分のロッカーを開け、手を動かしながら森山の話に乗る。

「俺達の場合は中村先輩や小堀先輩って、先輩の前に名字付けて呼びますよね」

「あ、おぇもです!」

中村と早川と話に加わり黄瀬がいかに笠松になついているかの話になる。

「お昼も時間があえば一緒に食べてるようですし。主に黄瀬が押し掛けて」

「黄瀬の奴、キャプテンに飛び付いては蹴(ら)(れ)てる」

「うん。仲が良くて良いんじゃない」

そんな中で言い出しっぺの森山がTシャツを脱ぎながら、あーでも、と新たな話題を投入した。

「黄瀬がなついてるってのもあるけど、笠松も大概黄瀬に甘いよなぁ」

にこにこと何時しか聞き役に回っていた小堀が同意し、中村と早川は僅かに首を傾げたのち何かを思い出したのかコクコクと頷く。

「毎日シバいてはいますけど最近、黄瀬の頭を撫でる回数増えましたよね」

「一緒に帰ってぅ?」

「それにキャプテンと黄瀬、よく一緒にバスケの試合も観に行ってますよね」

「あ、その帰(り)にどこどこで飯食ったとか、おぇも黄瀬か(ら)聞いたことあ(り)ます」

「そう…、それだ!一見キャプテンとエースが敵情視察に行ったように見えるだろ!」

「見えぅって、そうじゃないん…」

「だが、違う!俺は知っている!」

ぐるりと勢い良く後輩二人に向き直った森山は早川の言葉を遮り、何だが勢い込んで言葉を続けた。

「笠松が黄瀬を連れて行く理由。…うちのエースだからってのもあるが、笠松は黄瀬の為を思って連れて行ってるんだ」

「……?」

「笠松は黄瀬を一人のバスケ選手として見て、先を見据えてる。黄瀬はレギュラーでありながら他のキセキの世代達に比べてバスケを始めたのが遅いだろ?つまり他のキセキと比べて経験値が低い。その分を笠松は黄瀬を会場に連れて行って、生で試合を観戦させることで少しでもいいから肌で覚えさせてるんだ」

黄瀬が分からない部分はその都度説明してやったり、その辺はいつものワン・オン・ワンをしている時と変わらない。

「……はぁ。それって別にいいことなんじゃないですか?」

「おぇ、黄瀬がうゃやましい…」

「だーっ!だからっ、それが甘いって言ってるんだ!この野郎!」

中村の気の抜けたような相槌に早川の呟きを彼方に放り投げ、森山は持論を力説し始めた。

「黄瀬を甘やかすな!俺も甘やかせ!駄目ってなんだ!敵情視察だけならまだしも、関係無い試合にまで黄瀬を連れ回してるくせに!俺もその視察もどきに連れて行け!そのせいでどれだけの出会いを失っているか考えたことがあるか!?その中に運命の出会いがあったかもしれないのに!くぅっ、そう思うと俺は…!」

「ん?…森山。でも、その失われた出会いの場に運命の人がいたならまた会えるんじゃないのか?だって運命の相手なんだろ?」

つらつらといつものごとくヒートアップし始めた森山に小堀が純粋な正論をポイッと投げ掛ける。その隙に後輩二人はシャワーを浴びに足を動かした。

「え?小堀…そう思うか?」

「うん。少なくとも俺は」

「……そうか」

純粋な正論に幾分か頭が冷えた森山は自分のロッカーに向き直ると口を閉じ、タオルと制服を出してシャワーを浴びにシャワー室へ向かおうとする。その背中へタオルで汗を拭い、制服のシャツを羽織りながら小堀が訊いた。

「ところでさっき言ってた笠松が黄瀬を連れて行く理由、エースだからだけじゃないっていう話…」

「あぁ、昼休みに笠松から聞いた。最近よく二人で試合観戦に行ってるよなって訊いたらそう返された」

「ふぅん…。それなら俺達も試合観に行かないか?」

早川と中村を連れて。 確か今はウィンターカップの予選が始まっているはずだ。
笠松と黄瀬のように敵情視察の名目で後輩達に観戦させるのも良い経験になると思うんだ。

「ナイスだ小堀!それで行こう」

これで堂々と会場に行ける、とコロリと森山の機嫌は直った。
先程までの熱弁は一体何だったのだろうかと思うほどあっさりと。

それから森山はシャワー室へと消え、ほどなくして部室の扉が開く。

「あ…お疲れ、笠松」

「…おぅ。ったく、てめぇは何してんだ。早く中入れ!」

「う…わっ!だって、センパイ…!あんなこと一言も…!」

体育館の点検が済み、先に行かせたはずの黄瀬が何故か部室の前でしゃがみこんでいた。そのデカイ図体の襟首を後ろから掴んで、笠松は問答無用で部室の中へと押しやった。
後ろ手に扉を閉め、何やら一人であわあわしている黄瀬を見やってから笠松は小堀へ視線を投げた。

「あー…ちょっとね。森山が」

嬉しそうにけれども恥ずかしそうに耳朶を赤くした黄瀬の姿に、小堀は苦笑を浮かべて曖昧に答える。対する笠松は小堀の口から出てきた森山という名に、眉間に皺を寄せると聞き返すのを止めた。

突っ込んだら自分が面倒臭いことになりそうだと瞬時に頭が弾き出したからだ。
練習後で疲れてる時まで面倒事には巻き込まれたくない。

「まぁいい」

話をぶったぎって笠松は自分のロッカーに向かった。その際、何か言いたげにしていた黄瀬へと一声かけていく。

「早く着替えろ。一緒に帰るんだろ」

「はいッス!」

それまであわあわとしていた黄瀬は笠松の一声にパッと華やいだ笑顔を浮かべてばたばたと動き出した。

そこへシャワー室から出た早川や中村、森山が加わり、部活の疲れを感じさせないぐらい部室の中はまた騒がしさを取り戻した






後日…

誠凛vs霧崎第一の試合を観戦に行った会場で。笠松と黄瀬は森山と小堀、早川の三人に会場の入口で出会した。
ちなみに中村は家の用事で来れなかった。

何処と無く残念そうにする二人。
黄瀬は笠松センパイと二人きりが良かった、と。
森山は笠松が居るとおいそれとナンパが出来ない、と。

「うん、なんだかんだ言ってうちは皆仲良いよね」

「…ん?何か言ったか、小堀?」

そんな二人の様子に気付いているのか、いないのか。笠松が振り返り、早川は隣で何かを言っている。
何でもないと小堀が首を横に振れば、笠松はそうかと瞼を瞬かせ、残念そうにしょげている黄瀬の背中を軽く叩いた。

「――行くぞ」

それはその場にいた面々を促す為の言葉だったが、その声がいつも海常を一つに纏め上げる。
小堀も、騒いでいた早川も、それまで残念そうにしていた黄瀬も森山も、静かに笠松の後に続いて試合会場へと足を踏み入れたのだった。



end



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